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圓福 第90

謹啓 EUからの離脱を国民投票によって採択したイギリスの影響は、やがて、中国の景気悪化と共に世界に大きな影響を及ぼすことでしょう。西洋的な考えで、急激な経済発展を望めば、必ず、公害や貧富の差を招き、人々の不満が増大し、戦争が起こります。これからの世の中に日本が果たす役割は大変大きなものがあると思います。
 さて、今回は、吉田兼好の徒然草の中に引用されている、法然上人のお言葉から、私達の日常生活のあり方を学びたいと思います。

  或人、法然上人に、「念仏の時、睡にをかされて、行を怠り侍る事、いかゞして、この障りを止め侍らん」と申しければ、「目の醒めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し。  

 「ある人が、法然上人に、お念仏している時に眠くて続けられませんがどうしたら良いでしょうかと尋ねられた。すると上人は、目が覚めたらお念仏すれば良い。とおっしゃった。大変尊いお言葉だ。また、極楽往生は間違いないと思えば必ず往生するし、しないと思えばしない。これも尊いお言葉だ。また、極楽往生を疑いながらお念仏しても往生すると、なんと尊いお言葉だろう。」
 法然上人は、お念仏をとても大切にされ、日々に何遍も称えられました。それは、形式的なことや義務感からでも無く、阿弥陀さまのお救いを心から確信してのお念仏でした。だからこそ人々にお念仏をお勧めになったのです。しかし、それは、無理強いするものでは無く、思わず口から自然と出るお念仏でした。
 念仏とは、この私を心から思って下さる尊い思いに気づくことです。この私が生きていると言うことは、先立たれた方々の思いに生かされていることに他なりません。即ち、仏さまの方から、私達を念じて下さっているのです。
 いよいよ夏本番です。来月には、先立たれた家族が、心配になって帰って来られるお盆を迎えます。ただの儀式的なことと済ましてしまうのでは無く、心を込めてお迎えする準備を致しましょう。
 左記の通り、お盆を迎えるためのお施餓鬼の法要を勤めます。今回は、特別に別紙のように、たくさんの方のお力で、二日に渡り市も開きます。ご家族おそろいで、また、ご近所、お友達もお誘いあわせて是非お参り下さい。   

合掌


●七月十九日(火)
午前十一時半 昼食接待
十二時半 住職及び阿弥陀院説教
一時半 盆施餓鬼法要

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