to.jpg

tel1.jpg

t6.jpg

HOME > 季刊「圓福」 > 第79号

圓福 第79号

 せっかくのお花見も今年は、雨や風に邪魔されて、境内の枝垂れ桜もほとんど花を散らしてしまいました。まだまだ肌寒い毎日です。皆様におかれましては、如何お過ごしでしょうかお伺い申し上げます。日ごろは圓福寺護持のため何かとお世話になり厚くお礼申し上げます。
 さて、今回も昨年に引き続き、法然上人の生涯についてすすめて参ります。

○法然上人について○

 河内の国(大阪府の中部)に天野四郎という強盗の首領がいました。年老いて、法然上人の教えに帰依し、出家して教阿弥陀仏と名乗っていました。ある晩、皆が寝静まった遅い時間に、法然上人のお部屋から、お念仏を称えておられる声がします。確かに就寝されたはずなのにと不思議に思い、ある日尋ねると、「夜半、起きて、わざと人に解らぬように念仏を唱えていた。人は、言葉が解らない幼い子供や、かわいい犬や猫に向き合っている時には、飾る心が無いが、友人や同僚、常に側にいる家族の前では必ず飾る心が起こるものだ。人の中で暮らしている以上、飾る心の無い者はいない。だからこそ、夜が更けて、見る人も無く聞いている人も無い時に起きて、心に任せてお念仏を称えれば、これこそ人目を飾らない、仏様の御心に叶ったお念仏で、必ず往生できる。」
 仏説観無量寿経に「もし、仏を念ずる者あれば、まさに知るべし、この人これ、人中の白蓮華なり」とあります。人の中で、お念仏することは、どこか飾る心が湧くものです。けれど、法然上人は、行住坐臥、時節不問と仰せになった、善導大師のお言葉を引いて、寝ていても座っていてもその時々に思いのまま称えれば良い、要は、真実の心を持って願うことが大切だと説かれました。感激した天野四郎は、称名念仏高らかに、大往生を遂げました。人生には、苦しみや悲しみはつきものです。けれども、必ずいつか救われる、心安らかな時が訪れます。人前では、合掌したり、お念仏を称えることは、時には難しいこともあるでしょう。けれども、心の中では、常に手を合わせ、感謝の心を保てるようにお念仏を相続致しましょう。きっと、おかげさまと自然に言葉になることでしょう。
 左記の通り、法然上人のご遺徳を偲び、上人の尊像を本堂正面に頂き、御忌法要を勤めます。円福寺の法然上人像は、鏡の御影と言われ、法然上人に生き写しとして文化財に指定されています。私達の苦しみや悲しみを受け止めて下さるお姿です。ご先祖様の思いと重ね合わせて、是非、ご近所お誘い合わせてお参り下さい。         合掌

四月十九日(土)
午前十一時半  昼食接待
午後十二時半  住職、他布教講習生実演説教
午後一時半   御忌塔婆回向法要
午後二時半   法然上人御忌法要・納骨塔総回向(分骨を納骨いたします)


m1.jpgm1.jpg

m2.jpgm2.jpg

m3.jpgm3.jpg

m5.jpgm5.jpg

m6.jpgm6.jpg

m4.jpgm4.jpg

betsuin0.jpgbetsuin0.jpg

myouanji0.jpgmyouanji0.jpg

amidain0.jpgamidain0.jpg

enpuku1.jpgenpuku1.jpg