HOME | 季刊「圓福」 | 第131号

圓福 第131号

圓福 第131号

謹啓 連日の猛暑や台風など、荒々しい気候で、穏やかな季節の移り変わりがありません。皆様におかれましては、如何お過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。
さて、今回も、法然上人のお言葉から、私達の日常生活のあり方を学びたいと思います。
 
往生の為には、念仏第一なり。学問すべからず、
ただし、念仏往生を信ぜん程は、これを学すべし。
「極楽に往生するためには、お念仏が第一です。学問をする必要はありません。ただ、お念仏を称える事により、極楽往生が出来ると、信じられるほどになるためには、学問をするべきです。」
 
小学校に入ると、知らないことがわかり、勉強も楽しく進んだものです。けれども学年が進むにつれて、だんだん覚えることが増えて、難しい計算問題などしっかりと予習復習が無ければ、落ちこぼれて、終には、勉強が嫌いになっていきます。勉強とは、字の如く、つとめて強いると言うことですから、無理矢理努力さされるという事になります。学問とは、問い、学ぶ事で、不思議に思ったり、疑問が湧いてきた時に、それを解明するように本を読んだり、先生から学んでそれらの問題を解消することです。輝く未来に向けて、大きな目標があれば、勉強も楽しくなるのですが、目標がはっきりしないと、勉強も苦痛でしかありません。 自分は、なぜ、この世に生まれてきたのか、何のために生きるのか、その答えを探すためにも、一生勉強することが、大切です。生きることには、どうしても苦しみがつきまといます。歳を取れば、身体もあちこちがたが来て、病気にもなります。大切な家族との別れも来ます。嫌なことにも出会います。生きるために生活費もかかります。ストレスばかり増えて、気力も減ってしまいます。
けれども、輝く未来が私達には、ちゃんとあります。それが、苦しみの無い極楽世界です。「生けらば、念仏の功積もり、死なば浄土に参りなん。とてもかくてもこの世には、思い煩う事ぞ無きと思いぬれば、死生ともに煩い無し」と法然上人もおっしゃっています。朝、目覚めた時、寝る前、食事の前後でも、いつでも、どこに居ても、ほんの少しでも、心静かに手を合わせ、お念仏をして、感謝の心を取り戻しましょう。きっと、この私を大切に思って下さる尊い願いに気づいて、幸せな気持ちが湧き上がってくることでしょう。そんな気持ちにさせていただくためにも、これからも学びを忘れないように致しましょう。
下記の通り、秋のお彼岸法要を勤めます。ご家族、お友達、お誘い合わせ是非、お参り下さいますようご案内申し上げます

合掌

九月十九日(木)


午前十一時半

昼食接待

午後十二時半

住職、他説教

午後一時半

彼岸施餓鬼法要